最初で最後の弱音

 恐らくこんなことはしないほうがいい。

 誰がどう考えたってわかることだ。

 だけど、走り出したら弱音を吐くことなんて出来ないから、作品が積み重なった後にこれが始まりに存在することに意味があると思うから、そして直接声を届けられない誰かに感謝することは悪いことではないと思うから、ここに最初で最後の弱音を置いていくことにする。

 大いなる夢を持っていたあの頃の自分へ。

 或いは、毎月90時間を超えるサービス残業をしていたあの頃の自分へ。

 少し酷であるが、現時点においても君達の願いは叶っていない。その理由を答えるのは難しい。君達が、そして今の私自身が力不足であることは間違いないが、類稀なる力を備えさえすれば全てを覆せるほど世の中は優しくできていないからである。そして理由は常に一つとは限らず、しかも己の力だけで解決できることなどその一部にすぎないからである。この世にはどうしようもない壁がある。見える頂が蜃気楼の時もある。底知れぬ谷もある。あらゆるものが入り組んでその願いは叶っていないが、もしも時間を遡行してこの声が君達に届くなら、聞いてほしいことがある。

 大いなる夢を持っている君に伝えておきたいのは、可能な限り努めよということである。君に圧倒的な才能はない。むしろ何においても平均よりやや下ぐらいが君だ。どれだけ学年が進んでも、クラスという小さなくくりですら「絵が一番うまい」になれない時点で早めに気付くべきである。だが気付いても諦めるな。諦めず努めよ。「実力」というにはあまりにも小さなものしか実らないかもしれないが、それでも今できる限り力をつけよ。僅かなチャンスが与えられたと思った矢先、世界のどこかで始まる経済の雪崩によって可能性が全て潰える前に。そして元号が変わるまで後悔を続けるその前に。

 毎日働き疲れている君に伝えておきたいのは、もう少し自分を信じろということである。君はその場所で散々な目に合うが、それは決して君をそこまで追い込んだ人間達が言うような理由だけが全てではない。ある調査が来る前に君は嘘を強要されるが、必ず断るんだ。組織内での風当たりは強くなるが自信を持て。君はそんな適当な仕事はしていない。そして君と共に戦ってくれた遠くに住む戦友達は、皆が君の背中を押してくれる。だから恐れるな。自分には何も無いからと諦めたふりをしてあの日夢見た世界に飛び込むことを恐れるな。久しぶりに戻るから怖いのは当然さ、周りが天才ばかりで否になるのも当り前さ、だけど自分を信じていい。もっと「自信」を持て。そこで頼れる仲間達に会える、自分を応援してくれる人達もいる、夢の舞台に立つ戦士達もいる、あの日の友にも再会できる、どうしてもウマがあわない人に会うことだってあるがそんなのはどこだって同じだ。そして何より、今君が自分に嘘をつき続けているよりはほんの少しだけ早く成長できる。だからもっと「自信」を持て。世界に恐ろしいウイルスが蔓延り、群雄割拠の戦場へ向かう機会が無くなる前に。

 何かを祈願する場所ではいつも、生意気な願い事をしていた。「多くの素敵な作品から自分が夢や希望をもらえたように、いつか自分もすごい作品を創れるようになる。だから、どうか創ったものを多くの人に見てもらえるような世界にしてください」と。携帯電話も無く、インターネットも発達していなかった時代に、地方に住む才能の無い人間が創ったものを多くの人に届けるなんて、それこそ流れ星に祈るしかなかった時代のことだ。だが、時代は変わった。多くの素晴らしい人達が積み上げてきた技術革新によって、そして彼らを支えてきた更に多くの人達によって、私は願いを叶えてもらったのである。

 きっと、もうあの日夢見た舞台には登れないのだろう。当然だ。素敵な作品が放たれ続ける世界からずっと目を背けていた時期があった自分にそんなことが許されていいはずもない。学ばなければならないことが多すぎるし、時間も足りない。それに幸か不幸か、願いを叶えてもらった代わりに、世界は熟練の戦士や若き天才とのグループステージを凡人にも強いるようになった。だが、それでいい。いいんだ。今の私よ。砦というには些か脆弱だが、顔も知らぬ多くの人が幼き日の願いを叶えてくれたのだ。心からの感謝をしたら、あとは「勇気」を持って飛び込んで行け。やっとここまで、戻ってきたんじゃないか。

喫茶空母にゃんフィールド
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